2011年11月12日土曜日

自分を探すな

昔から違和感を感じている言葉がある。
「自分探しの旅」というやつだ。

大体が10代後半~20代前半のあいだに
ある程度まとまった期間を使って、
主に国外を旅をする。
これまで知らなかった
自分の一面を発見するのが目的。

ハードであればあるほど良いとされており(多分)、
行き先はタイやインドなど、日本ほどインフラが
整備されていない国がスタンダード。
お金もあまり持っていかないのがいいみたいだ。

若いうちに外国を旅することに文句はないし、
むしろ見聞を広めるという意味では
得るものも大きいのだろうけど、
「自分探し」っていう言葉がなんかヤダ。

自分というものの本質がどこかにあると仮定して、
それを探しに海外に行くというのは、つまりどういうこと?
日常を置き去りにして飛び込む非日常にこそ自分があるの?
今の自分は本当の自分じゃないとでも言いたいの?
おっと、ストップストップ。
言葉のナイフが止まらなくなる。やめとこう。

自分なんてものは探すほど広くない。
現時点で見えている範囲でほぼ誤差はないのだ。
だから、本当にやらなきゃいけないことは、
その枠をどう超えていくかということ。
不得意な分野やあまり手を出してこなかったものに、
あえて挑戦していき、自分の守備範囲を増やしていく。
それを成長と呼ぶのではないのかい?

大事なのは「自分探し」ではなくて「自分壊し」なのだ。
若者だけじゃなくて。

諸兄、心にデストロイヤーを持とうぜ。

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